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i           イスラエル旅行記 文 小島太郎

演奏活動と音楽教室を2000年からスタートし、今年で節目の10年を迎えることができました。今年から僕は毎日のライフワークである音楽研究以外に、文化人類学と歴史学を研究することにしました。

本が好きだったので、子供のころからたくさんの本を読んで知識を少しずつ増やしてきたつもりなのですが、「今後もずっと独学だと偏るかな?」と思いましたし、「その道のスペシャリストからも学んでみたいな」とも思いました。「僕は演奏や教室事務所仕事で毎日忙しいので無謀かな?」など色々考えましたが、2010年4月から勉強を開始しました。音楽漬けだった日々の中に新たなジャンルが加わりなかなか充実の毎日。よかったです。

さて。小島太郎ヒップバンドのお正月ホールコンサートも来年で4回目。今年のコンサートでは1年前に旅したチェコで作曲した「♪プラハ」「♪昨日より美しく」等オリジナル曲をたくさん披露することができ、それらの曲を含めたオリジナル曲中心の2NDアルバム「プラハ」も録音&リリースすることが出来今年は充実の1年でした。そんな良い流れもあったせいか、オリジナル曲への思いがより強まり、「短期間でもいい今の自分自身が興味ある国へ旅し、歩き、肌で感じ新曲を書きたい。」と考えました。



さて、わたくし事ですが、僕は小学生の時、両親がベートーベンの交響曲を聴きに連れて行ってくれてとても感動してしまいクラッシック音楽が大好きになりました。お小遣いをためてはレコードを買いFMラジオでも耳にたこができるほど毎日毎日名曲を聴きました。バイオリンやエレクトーンを買ってもらってからは演奏の素晴らしさも知りました。中学生ころからは、マーラーが好きになりマーラーの交響曲ばかり聴いていました。高校になるとブラスバンドやビックバンドでトロンボーンを経験したのでジャズも好きになり、ガーシュウィンやべニーグッドマン等をよく聴きました。その頃からいつも感じていたのは「僕の大好きな音楽家はユダヤ人が多いな」ということでした。この文章では書ききれませんが、僕の大好きな音楽家、絵描き、俳優までもが、ユダヤ人ばかりだということを知りました。大学時代に経済を学んだ時も、財界(金融、石油)人、アメリカの歴代の大統領、科学者.物理学者等も多くがユダヤ人であることを知り、ユダヤ人は優秀ですごいと感じた。

ユダヤという民族そして宗教を生み出したイスラエルの地を肌で感じてみたいと考えました。
2011年に向け音楽も歴史人類学の勉強もさらに充実して行きたい。そのスタートのような気持ちで、ずっと行きたかった神秘の国イスラエルの旅をすることにしました。


イスラエルに着きました。飛行時間は日本からはウズベキスタン経由で20時間と、かなり長く感じた。

 現在イスラエルは、人口730万人をかかえ、ユダヤ教76%イスラム12%キリスト教2%。イスラエルの各地は、テロや戦争がなければ、遺跡や宗教に囲まれた素晴らしい都市です。食べ物はコシェル(食べていけないもの)の規制があるものの、伝統&家庭料理、ロシアやドイツ風料理、アラブ料理どれもとてもおいしい。安息日シャバトは、仕事だめ、火をつけるのだめ、スイッチも触れないので、食べ物屋も休み。エレベータも乗れないので急に不便になる。

 イスラエル人は結婚すると子供3人位を生むようですが、宗教家は10人生むそうです。離婚も近年は30%にも。
 ユダヤの宗教家だけだと思っていた黒ずくめの服にシルクハットに髭伸ばし片手に聖書のスタイルの人は、ほんの少数派かと思っていたら、地区のほとんどの人々がそのスタイルの街もあり、すこし異様な気がした。軍役は18歳から男3年、女2年。女性も超強い。国民皆祖国愛が超強い。

イスラエルは石油が無いので、人的資源(知的資源等)大切にしている。中東のシリコンバレーと呼ばれ、ITハイテクまた医療関連は世界最先端の技術を持つ。
 四国の大きさ程の国土の60%が砂漠。水が貴重なので、高度な水のリサイクル技術があり70%リサイクル。オリーブ畑などが充実。野菜果物は税金なし。消費税16% 車税はなんと110%!
 地形は長い中東戦争から分かるように、地中海、エジプト、ヨルダン、シリアに囲まれた地形で、イスラエルの中には、フェンスで囲まれてしまっているガザ、ジェリコ(エリコ)、ベツレヘムのパレスチナ自治区があり、今日も多くの火種を抱えている。


 「エルサレム」

エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地が並ぶ不思議な場所。4000年も前から、民族の誇り、また神の名のもとに数えきれないほどの争いの舞台となった悲しみの聖地。僕は音楽家として、人類.歴史学愛好家として1度は訪れたかった場所。

 オリーブ山から神殿の丘の金のドーム見下ろして感無量でした。エルサレム神殿の丘は聖地なので、入るためには厳しいチェックがあります。いたるところにマシンガンを手にした兵隊がいます。そして10代の子供たち軍人の卵たちも研修をしています。70年にローマによって破壊されたヘロデ神殿の西側の外壁の名残が「嘆きの壁」で、多くの正統派ユダヤ人達が祈りをささげています。



 「涙の道」

 ヴィア.ドロローサは、涙の道と呼ばれ、死刑を宣告されたイエスが、十字架を背負いゴルゴダの丘(現在聖墳墓教会)に導かれたとされています。ベツレヘムで生まれ、ナザレで育ち、ガリラヤで説教をして民衆の心をとらえたイエス。しかしその影響力が旧来からの宗教家や、支配国ローマからも恐れられたのでしょう。

 現在涙の道は、たくさんのお土産屋さんが立ち並び賑やかく、教会ではキリストの磔による死を悼む人々が。世俗と神聖が入り混じる不思議な空間。

「カイザリア」

 カエサル・アウグストゥスにより名付けられた紀元前の古代都市。カルメル山から9Kmに及ぶ長い導水橋のなごりが今も当時の水引技術の高さを示している。

 5千人を収容できたローマ式円形劇場は現在も使えるくらい美しく、ヘロデ王の宮殿跡には浴場跡も残り、後方には地中海が広がっている。


「アッコ」

紀元前20世紀の街が残るアッコ。その後紀元前16世紀にはフェニキアの港湾都市として利用され、十字軍時代にも様々な施設として利用された。当時のトイレや地下通路、下水跡も残っている。のちにはオスマン帝国の支配下に。 歴史が何重にも折り重なる古代遺跡なのです。イスラエルでは、遺跡を発掘するたび、さらに古い時代の遺跡がすぐ現れるので、発掘作業も困難なことだろう。下へ下へ発掘していくということは、貴重な上方遺跡を捨てなければならない。発掘しないと下方は埋もれたままだし。う〜ん!困った。


「ナザレ」

「受胎告知教会」は、マリアが受胎告知を受けた洞窟の上に立つ。

 「カペナウム」

 ガリラヤ湖畔の「カペナウム」は、慰めの村の意味で、紀元前からエルサレムからバビロンに通じる重要な要所として栄えた。遺跡には、ギリシャ正教会の聖堂が建っている。

 古いシナゴーク跡は当時ナザレから移り住んだイエスが説教をした場所であり、まだまだ下に発掘してゆくと色々な重要な遺跡や新事実が出てくるようです。

 でっかい古いオリーブ絞り石臼が、当時を忍ばせた。


ユダヤ民族の歴史は聖書の創世記にはじまるので、たいへん古いものです。
 紀元前10世紀は現在のイスラエルの地に古代王国が栄えましたが、紀元前930年に南北に分裂。その後バビロニアとアッシリアに滅ぼされてしまのです。

紀元前63年には、ギリシャ・ローマの勢力下におかれ、その圧政に対し反乱を起こすが、鎮圧され、古代ユダヤの歴史は幕を閉じます。以降ユダヤ民族はディアスポラ(ヨーロッパ他各地に離散)し、日本(四国徳島)にもユダヤの士族が、長い距離を旅してきたという説もあります。そして、日本の神社、仏教、山伏等の信仰、お相撲、カタカナなどにもその影響があるという説もあるが、その詳細は今後も研究してゆきたい。

ユダヤ教は人類史初めての一神教(ヤハウェィ=エホバ)を生み出しました。
 西暦20年にはイエス・キリストが伝道活動を行った。イエス以前からの聖書、旧約聖書の物語は、簡略化出来ないほど長く深く様々な教えがあるが、イスラエル旅行を充実させるために旧約聖書の世界を文献で感じてみることにした。

エデンの園アダムとイブからはじまり、その子、カインとアベル。箱舟のノア、その子セム、ヤフェトらはヘブライ人の祖となり、ここからアブラハムが生まれる。(因みにアブラハムは175歳、ノアは950歳まで生きた。なんと長寿!)
 その甥のロトは荒廃したソドムとゴモラの街(死海)から脱出。出エジプトの十戒のモーゼ、後継者のヨシュア達は契約の箱をかついでカナン(イスラエルの地)を目指すが、目前に困難なヨルダン川越えが。しかし神?のおかげで、水はせき止められ渡ることができた、次はさえぎるエリコの強固な壁も角笛の響きで崩れ。ついにカナンの地をイスラエル人は手にすることができた。
 その後はダビデ、息子のソロモンによりイスラエルは繁栄。しかしここをピークに、その後は分裂や没落してゆく。しかし西暦0年メシア(救世主)の出現か?キリストが誕生。しかしキリストはゴルゴダの丘ではりつけにされるが、その教えを12使徒そしてパウロらの伝導により、キリスト教は世界三大宗教へ。今日信者は世界中に、文学、芸術、今日の社会の様々なものに宗教という枠組みを超えて影響を与えている。


「ガリラヤ湖」

「山の上の垂訓教会」は、ガリラヤ湖を見渡せる丘の頂上の教会で、かつてイエスが「心の貧しい人は幸ある」等の重要なイエスの教義を行い、12使徒を選んだ場所。キリスト教の信者さん達が順番に祈りをささげていました。

ペテロが、ガリラヤ湖釣りをしていたらキリストがやってきた。そしてガリラヤ湖の湖上を歩くという奇跡を見せた。ペテロはまねしたが溺れてしまった。 イエスは婚礼会場で水をワインに変えたり、2匹の魚やパンを5000人分に増やしたり、ほんとうにあった話ならばイエスはこのころは大活躍ですね。

ガリラヤ湖の対岸にはゴラン高原(シリア)が。この地もパレスチナと同じく中東戦争当時イスラエルがシリアから奪った土地なのです。戦争は惨いものです。


「ヤルデニット」

ヨルダン川の洗礼場所で、この川でイエスが、ヨハネから洗礼を受けた。現在も洗礼に来る熱心な信者たちが後を絶たない。

ヤルデニット重要な遺跡が「メギッド」で、ソロモン王からの要塞的な要所。なんと17層といわれている遺跡が折り重なっている(紀元前3300年〜) 。この地は最終戦争ハルマゲドンの舞台とも言われている。


「パレスチナ自治区エリコ」

エリコは古代からのオアシス都市で、海抜下260mと世界で最も低地にある。
紀元前7800年から人間が住んでいた跡があり、世界最古の都市である。
出エジプトのモーゼの後継者ヨシュア達イスラエルの民も待望のカナンのこの地に入ったが、エリコの城壁に阻まれる。が、7回角笛ラッパを吹き続けると、城壁はなんと崩れ落ちた。貴重な遺跡エリコも現在風化が問題になっている。

エリコに訪れて、僕はインスピレーションが湧き、新曲ジェリコ(エリコ)を作曲しました。2011年しずぎんホール新年コンサートで発表する予定です。


「パレスチナ自治区ベツレヘム」

ベツレヘムの生誕教会は、イエス誕生の地で、パレスチナ自治区内にある。

現在イスラエルは6mもある壁でイスラエルとパレスチナ自治区(アラブ)を遮断しています。いつの日かこの壁が無くなり、両民族が自由に行き来できるといいですね。





街から街のバス移動時は、ずっと広大な砂漠が続く。砂漠の中にもたくさんの遺跡がありました。古代の遺跡群も素晴らしいが、旅の道中の砂漠や岩山の景色もすごかった。神様が昔いたのなら、こんな場所に住んでいたに違いない。

「死海」

イスラエルに来たらやってみたいことがありました。死海浮遊体験です。

海面下420mの世界最低地死海は塩分濃度33%なので、体がプカリ浮いてしまう。塩ばかりの不思議な海。目に塩水が入らないよう気をつけながら、へっぴり腰で浮かんでみました。浮かんだ!


「マサダの砦遺跡」

死海を見下ろす山上での最も悲しいユダヤの歴史の舞台です。ヘロデ王の冬の山上宮殿だったが、ローマの属州とされて厳しい圧政に苦しんだ誇り高きユダヤ人は、ユダヤ戦争でローマと戦うが、ローマ軍は70年にエルサレムを占拠。ベン.ヤイール率いるたった967人のユダヤ人はマサダに立てこもり、15,000人のローマ軍と2年間も戦うが、73年、異民族の辱めを受けるより自決の道を選び(女子供7人を除き)ついに全員自決。

ここに現在のイスラエルが建国されるまでの2000年に長い及ぶディアスポラが。土地を所有できないので農業はできず、ギルド(職人さん)の道もとざされ、移住先の土地では、金貸しなどをやるしかなかった。(現在、金融、メディア、商人で活躍しているユダヤ人が多いのはこのためでしょう)そのためか嫌われて、ひどい時は異端狩りの対象に。第二次世界大戦中は、ヒットラーナチスによるホロコーストで700万人程のユダヤ人が虐殺された。


    

 




  マサダの朝日はとても美しかった。古代にこれほどの建造物を山上に創ることができる素晴らしい技術を持つ人類、争いによりすべてを一瞬で破壊してしまい全てを消してしまうのも人類、人間とはなんなのでしょうか?

 




太陽はどのような気持ちで太古の昔からこのような我々人類を見つめ続けているのでしょうか?




イスラエル旅行記を読んでくださったみなさま、ありがとうございました。    
        小島太郎


  
かやはら音楽教室