元気になった漁師さん

 御前崎の灯台近くで良質のワカメが手に入ると知り、探しに行ったのがつきあいの始まりです。1年に1度のお付き合いですが、もう20年近くになります。

 そんなある年の事です。何時ものように訪ねて行くと、奥さんが出て来て、ご主人が膝を痛めてしまい、もう漁師が出来ないので今年の分は何とか採ったけれど、来年の分は解らないと言いました。

 どんな様子か気になったので、ご主人の帰って来るのを待つ事にしました。私も、ワカメの買い付けが終わり後は家へ帰るだけですので、黙って見過ごしてしまうより、少しでも楽にしてやれたらと思ったのです。

 ご主人が病院から戻って来たので話を聞いた処、両膝に水が溜まってしまい、まったく曲がらなくなってしまったので、医者へ行って水を抜いてもらって来たと言いました。

 ご本人も漁師を続けたいという気持ちは持っているようでしたが、膝の方がどうにもならないので半ば諦め掛けていたようでした。その時既に70歳になっていましたので、後何年続けられるか解らない?という想いもあったのかも知れません。

 私が少し診させて欲しい!と言ったら頷いたので、早速、家の中に入れてもらい、布団を敷いて横になってもらいました。

 膝が曲がらない!と言っていたのに車で帰って来たので、どの程度かな?と思って軽く曲げてみたら殆ど曲りませんでした。これではとても漁師を続けるのは無理だと解りましたので、取り敢えずいつものように普通のマッサージから始める事にしました。

  今回は膝なので、ふくらはぎを柔らかくする事から始めましたが、まるで岩のように硬くなっていました。これでは余計に膝の痛みが出るな!と感じました。

  その為、いつもは5分程度で済ませる処を、片脚30分、両脚で1時間掛けて膝から足首に掛けて丹念にマッサージしました。

 筋肉が柔らかくなったので、痛いけれど我慢して欲しい!と言って、両手で足を挟み込むような感じで思いきり締め付けました。その間僅かに5秒です。

 その途端!悲鳴を上げてのたうち回りましたので、少し落ち着くのを待って反対の足を同じように締め付けました。

 それを2回ほど繰り返した後、今度は背中から腰のマッサージに掛かり、身体全体が柔らかくなった処で、もう一度、思い切り足を締め付けました。

 暫くして、ご本人が落ち着くのを待って膝を曲げて貰った処、楽に曲がるようになり、痛みもなくなりました。

 これにはご本人もとても驚いていましたが、血液の流れが良くなった事により、筋肉が正常な状態に戻ったからだと思います。

 何時もなら1時間も掛かりませんが、今回は2時間も掛かってしまいました。私も些か疲れましたが、それでも良い結果が出たので、ほっとしました。

 骨は筋肉が支えているので、周りの筋肉が硬くなると余計に痛みが出るのです。どなたも痛みの出ている膝だけに気を取られてしまい、肝心な脚の事を忘れてしまいがちなので、少しも痛みが消えないのです。

 痛みが出るという事は、何処かに問題があります。誰でも痛む処に神経が行ってしまいがちですが、せめて膝の場合だけは脚の筋肉に神経を使って頂きたいと思います。

 マッサージが終わった後、日頃から持ち歩いている資料を渡して、自分で出来る簡単なマッサージの方法を教えました。

 もっと近ければ時々は診てあげられるのですが、高速道路を使っても1時間以上掛かりますので、迂闊に約束が出来ないのです。

 翌年、どこか紹介してもらおうと思って電話を掛けた処、奥さんが出て、膝の調子が良くなったのでまた漁に出ていると言われ、とても驚きました。

 その為、ワカメをお願いして買いに行った処、天気が良いのでワカメを採りに海へ行ったと奥さんが言いました。

 とても真面目な方なので、私に教えられた通り、毎日脚のマッサージをしていたという話を聞いた時は本当に良かったな!と思いました。

 76歳の時に身体を壊したので漁師を辞めたと言いましたが、それまでは大好きな漁を続けていたようです。一時は好きな漁を諦め掛けたのですが、膝が治ってご本人が納得して辞める気になるまで続けられた事は何よりだったと思います。