若くなった小父さん

 私が初めて会った時が74歳、今はもう85歳になった。あまり明るさは無いけれど、真面目さを感じさせるそんな小父さんです。

 時々、土手の上を歩いている姿を見掛けましたが、何故か、何時も苦虫を噛み潰したような顔をしていました。

 その為、何となく気になっていましたが、中々話をする機会がありませんでした。そんなある日、仕事が速く終わったので、事務所へ戻ろうか?と思っていると、向こうからやって来るのが見えたので、少し待って声を掛けました。

 その時、何時もと違いニッコリ笑ったので、驚きました。どうやらこの人は歩くのに必死で、まったくと言っていいほど気持ちにゆとりが無かったのではないか?と思いました。

 足下を見たら、余にもお粗末な靴を履いているので、驚くと同時に呆れました。それは、私も独身時代に体育館などで履いた事がある、ナイロン製で底が5oくらいのスポンジで出来たとても軽い靴でした。

 今時、こんな靴があるのか?と思えるほど古ぼけていて、今にも破れそうでしたし、顔も皺だらけで、服装も余にも地味なので80過ぎに見えました。

 それでも、とても元気に歩いているので、小父さんは幾つなの?と聞いたら、74歳だと言ったのでとても驚きました。

 靴の話をしたら、もったいないから履いている、と言ったので、足を痛めてからでは遅いよ!と言って、靴の大切さについて話ました。

 話をしている時に、毎日、堤防の上を裸足で歩いて帰るんだ!と言ったので、とんでもない事をしているものだと思い、自分の履いていた靴を脱いで堤防のコンクリートを叩いてみせたら、凄い衝撃なんだなあ!と言って、とても驚いていました。

 言葉で説明するより、実際に見本を見せた方が早いのでそうしたのですが、少々やり過ぎたかな?とも思いました。

 小父さんには、一日も早くもっとしっかりした靴に替えるようにと言った後、もう二度と裸足で堤防の上を歩かないように!と言いました。

 それから一週間ほどして、川原を歩いているのを見掛けましたが、靴だけは新しい物に変わっていました。

 その後も、会う度に注意を与えていましたが、いつも素直に話を聞いてくれるので、お節介を焼く気になったのです。

 少し猫背になり掛かっていたので、歩く時は出来るだけ背筋を伸ばした方が良い!と言うと、すぐに姿勢を直していました。

 それから一年近く経った頃には、服装もすっかり若々しくなりました。

 その後、会う事もなく、5年近くが過ぎ、偶然!出会った時は、初めて会った時と比べ見違えるほど若くなっていました。これには私も驚きましたが、ご本人がそれだけ努力した結果だと思います。

 ふと、あんたに会わずに何も知らないまま裸足で堤防の上を歩いていたら今頃はどうなっていたかなあ!と言ったので、膝を痛めて歩けなくなっているよ!と言うと、やっぱりそうか!と言って、感慨深げな顔をしました。

 それから何年も会う事がなかったのですが、久しぶりに見掛けたので声を掛けました。突然!声を掛けられて驚いた様子でしたが、数年前と殆ど変わっていませんでした。

 幾つになったね?と言ったら、85歳になったよ!と言って笑っていましたが、どうもみても70代にしか見えませんでした。

 今でも毎日歩いていると言いましたので、相変わらず色々な人と話をしているのだと思いました。

 それにしても、歩く事と、誰とでも気軽に話をする事がどんなに大切かを教えられた気がしました。